
― 洗脳と文化と、リアカーのおじさんの味 ―
私が小さい頃、朝になるとリアカーで豆腐や豆乳を売りに来るおじさんがいた。
今で言うところの、キッチンカーのようなもの。
「朝出来立てだよ」と言って渡してくれた豆乳は、温かくて、豆の香ばしい香りがふわっと立ち、口に含むとまろやかで、でも飲み終わったあとはスッキリ。
その感覚を、私は今でもはっきりと覚えている。
あの頃の豆腐と豆乳は、とても大きくて、とてもやさしかった
豆腐は大きくて、ふるふると柔らかいのに、なぜか崩れない。
容器を持参して、“1丁いくら”で買う量り売り。
今思えば、とてもエコで、サスティナブルな暮らしだった。
あの頃、母はその出来立ての豆乳を使って、即席のコングクス(豆乳冷麺)を作ってくれた。
麺はトウモロコシ麺。豆ととうもろこしの一杯
大豆にトウモロコシ。
考えてみれば、この一杯でどれだけの穀物を摂っていたのだろうか。
日本にも美味しい豆乳はあるけれど、あのリアカーのおじさんの豆乳とは、やっぱりちょっと違う。
そして今、近所に豆腐屋さんはほとんどない。
あるとしても、豆乳は結構高価だったりする。
だから私は、「ないなら作ってやれ!」と、いつもコングクスを食べる時は、大豆から豆乳を作る。
大豆があるから、私にはコングクスがある
新潟は米どころであり、枝豆どころ=大豆どころでもある。
近所の農家さんから、大豆をたくさん買っておく。
我が家にはいつも大豆のストックがある。
だから、食べたくなったら、すぐ作れる。
でも、コングクスを食べるのは夏だけと決めている。

コングクスと冷やし中華と、こたつのアイス
「こたつでアイス」は最高だけど、「こたつで冷やし中華」って……あまり聞かない。
この違いって、なんだろう?
おそらく、子どもの頃から植え付けられてきた「季節と食の紐づけ」。
いわば、軽い“洗脳”なのかもしれない。

洗脳は、文化になる
バレンタインにはチョコ。
土用の丑の日には鰻。
誕生日にはケーキ。
クリスマスにはチキン。
そんなふうに、私たちは食を通じて、季節や行事を記憶している。
そして——
夏には冷やし中華。
夏にはコングクス。
土用の丑の日には鰻。
ポンナル(韓国の伏日)には参鶏湯。
この「洗脳の違い」こそが、文化の違いなのかもしれない。
私には、洗脳が3つある
中国の朝鮮族として生まれて、20年以上、日本で暮らしている私には、3つの文化の“味覚的洗脳”がある。
韓国の味、日本の味、中国の味。
年中行事や節気も、三重にあるから、一年のうちに盆と正月が何度も来るような感覚。
ちょっと忙しいけれど、なんだか得をした気分でもある。

今日もまた、夏限定の洗脳を味わう
そんなわけで、今日も夏らしい一日。
私はせっせと豆を煮て、自家製豆乳を作って夏限定のコングクスを作る。
これは、私にとっての夏の味であり、記憶であり、文化であり、ちょっとした“洗脳”の結晶。
だからこそ、嬉しくて、美味しいのだと思う。
