秋の雨と、ちぎる手と、スジェビと。

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― 台風が通り過ぎた日、母の言葉を思い出す ―

日本列島を台風が暴走し始めた。

9月のそれは、年明けにヤンチャな若者たちが朝日に向かってバイクで走るように、毎年の恒例行事のようにやってくる。

そのたびに果物を育てている夫は、胃が痛くなるらしい。
無理もない。
一年間、手塩にかけて育ててきた果物たちが、その暴走によって一瞬で台無しになることもあるのだから。


台風と向き合う姿勢

現実的な私は、「来る前に収穫しておけば…」と思ってしまうのだけれど、夫は言う。

「まだ味がのらない果物を収穫するよりも、台風で落ちた方がまだマシだ。」

たぶん内心では、台風がそれることを祈っているんだろう。
だからこそ、余計に台風が憎くて、恐ろしくて、胃が痛くなるのだ。

幸い、今回の台風は報道で言われていたよりも風も雨も強くはなく、買い物カゴ一つ分程度の落果で済んだ。

でもきっと、今年あと何度かはまた、胃が痛くなる日が来る。

わかっていても、暴走する若者が止められないように、台風もまた、やってくる。
勢いに乗ったものは、とても強いのだ。


それでも、台風のあとに秋がくる

けれど、台風が過ぎると一気に秋めいてくるのは、嬉しい。

ひと雨ひと雨が、秋を深めていく。

そして、母の言葉がふと頭に浮かぶ。

「秋の雨の日、一番美味しいのはスジェビだよ。」


スジェビとは

聞きなれない言葉かもしれないけれど、
スジェビ(수제비)とは、韓国のすいとん。

キムチやその汁を加えた「キムチスジェビ」や、
醤油ベースでじゃがいもを入れる「カンジャンスジェビ」など、
家庭によっていろいろなバリエーションがある。

今日は、台風が過ぎ去ってぐっと秋が深まった日。
お昼ごはんに、キムチスジェビを作ることにした。


台所の風景と「ちぎる」作業

厚切りの豚バラ肉をしっかり炒め、キノコと大根を加えて、出汁を流し込む。

ここに、キムチを漬けるときに出てくる水分を加えるのがポイント。
これが、味をグッと引き締めてくれる。

そして、こねた小麦粉のタネを、ごま油を手に塗って薄く伸ばし、ちぎりながら鍋に入れていく。

私はこの作業がとても好きだ。

ちぎる。

日常生活で「ちぎる」という行為は、意外と少ない。
子どもの頃に切り絵や粘土遊びをして以来、「ちぎったなぁ」と実感する時間なんて、なかなかない。

でも今日は、ちぎった。
ちぎったことに、手のひらが満ちていく感じがあった。


不恰好こそ、正解

ちぎった小麦粉のかたまりは、不格好でぺっちゃりしている。
でも、それが正解。

モチモチとつるつる、
両方の食感を一緒に味わえるのは、
この「ちぎる」という工程があるからこそなのだ。

ぐつぐつと煮込んで、仕上げにたっぷりのネギを。


ハフハフしながら、雨が止んだ午後

夫とふたり、ハフハフ言いながら無心でスジェビを食べる。

体の芯から温まって、夫はシャツを脱ぎ、タンクトップ一枚になった。
食べ終える頃には、雨もすっかり止んでいた。

冷たい床に横になる夫の顔は、とても満足そうで、
私も嬉しくなる。

「秋の雨の日、一番美味しいのはスジェビだよ。」

母が言っていたその言葉は、やっぱり正しかった。

白菜キャラ

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この記事を書いた人

ひかりのアバター ひかり waktak cooking class講師

ひかり
韓国家庭料理教室「waktak cooking class」主宰。
中国東北部・朝鮮族の家庭で育ち、祖母や母から“家庭の味”の奥深さを学びました。

いまは新潟で、小さな台所から料理の記憶を伝えています。
香りや湯気とともに、記憶に残る家庭を、もう一度つくるように。

レッスンのことや日々の気づきは、InstagramやLINEでもお届けしています。

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