チュンムキンパとは、韓国・忠武(チュンム)で生まれた“具なしのキンパ”。
そのシンプルさの裏には、家族を思うやさしさが込められていました。
国を越えて、懐かしい料理と私の問い
韓国料理の講師をしているとはいえ、実は私がまだ出会ったことのない韓国料理もたくさんあります。
私は中国の朝鮮族として生まれ育ちました。
今は新潟で、韓国家庭料理を教える小さな教室を開いています。
だから、中国料理と韓国料理、その違いをはっきりと線引きするのは、今でも難しいと感じています。
Netflixで中国の食文化を描いたドキュメンタリー『美味の起源』を観ると、思わず「懐かしいなぁ」と呟いてしまうし、韓国のスープ文化を紹介する『スープの国』を観ても、同じように「懐かしいなぁ」と感じる。
どちらも私の記憶の中にある味であり、風景であり、誰かの手の動きなのです。
私のなかでは、料理は“国境”を越えて、ひとつの「文化の記憶」として存在しています。
そういえば、“おこげ”も、記憶をつなぐ味でした。

郷土料理はその土地に生きる人の営み
どこの国にも、その土地ごとの料理があります。
でも、それを知るには、その土地に実際に行ってみるか、あるいは都市部でブームにならない限り、なかなか出会えません。
日本に住んでいる私が、日本のすべての郷土料理を知らないように、韓国や中国にも、私の知らない料理がまだたくさんあるのです。
「チュンムキンパ」との出会い
そんなある日、韓国に住む姉に、
「最近、キッチンカーでキンパを売っているよ」と話したところ、
「今、チュンムキンパも人気だよ」と言われました。
「チュンムキンパ? 初めて聞く…」
すぐに調べてみた私は、そのユニークなスタイルに驚き、そして静かに感動しました。
忘れられた海の風景から生まれた料理
「チュンムキンパ」とは、韓国・忠武(チュンム)という港町で生まれた郷土料理。
特徴は、なんといっても「具なしのキンパ」だということ。

ご飯と海苔だけで巻かれた、素朴なキンパに、別添えで甘辛いイカの炒め物が添えられています。
もともとは、漁師として海に出る夫のために、妻たちが考えたお弁当。
具を入れないことで形が崩れず、冷めても美味しく、片手で手軽に食べられるようにと工夫されたものなのです。
イカの炒め物は箸を使わず、爪楊枝で刺して食べられる。
ご飯のキンパをそれと一緒に口に運ぶ。
それは、波に揺れる船の上でも食べられるように考え抜かれた、生活の知恵でした。
想像力と愛がつくったキンパ
この料理に出会ったとき、私は思いました。
なんと完璧な妻たちなのだろう、と。
夫がどんな環境で働いているのか、
どこでどうやって食べるのか─
それをすべて想像して、最も食べやすい形に整えたこの料理。
ご飯とおかずを“別々”にするという発想の裏には、「いちばん食べやすくしてあげたい」という細やかな気配りと想像力があります。
誰かのことを本気で思わなければ、こんな発想は生まれない。
中国に住む両親が来日したときも、動けなくなった体なのに、私のためにたくさんの食材をもってきてくれたことを思い出します。

チュンムキンパを巻きながら、
自分に問いかける
私も実際に、チュンムキンパを何度か作ってみました。
料理教室でそのチュンムキンパをレッスンのテーマにしたこともあります。
見た目は地味かもしれませんが、ご飯とイカ炒めの組み合わせは絶妙で、日本の方にもとても好まれる味です。
そして作るたびに、自分自身に問いかけてしまうのです。
「私は、相手のことをどこまで想像できているだろうか?」
「このご飯を、誰が、どこで、どんなふうに食べるんだろう?」
「今、この人はどんな体調で、どんな気持ちでこの一口を口にするんだろう?」
完璧な妻になろうとは思いません。
でも、チュンムキンパに込められた“生活者の知恵とやさしさ”には、背筋が伸びます。
国境を越えて届く、料理のやさしさ
料理は、国や言葉を越えて、思いを届けることができる。
私が中国の料理を見て懐かしいと思うのも、
韓国の料理を見て「懐かしい」と思うのも─
それは、場所ではなく「誰かと一緒に食べた時間」が、記憶として残っているから。
今日も私は、自分の台所でキンパを巻きながら、また問いかけます。
「私は、誰のために、何を想像してこの料理を作っているんだろう?」
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