久しぶりにお会いできる生徒さんから、近況を聞かせていただくことがあります。
「しばらく来られなかったのですが、やっと少し落ち着いたので、また来ました」
そんなふうに笑顔で声をかけていただける瞬間は、講師をしていて本当に嬉しいものです。
人はそれぞれ、暮らしの中でいろんな事情を抱えています。
親御さんの介護、子どもの進学や生活の変化、仕事の多忙さや体調の不調。
どれも「自分の時間」を後回しにせざるを得ない出来事ばかりです。
だからこそ、久しぶりに教室へ戻ってきてくださることの尊さを強く感じます。
レッスンで顔を合わせると、
「あぁ、やっぱり料理は楽しいですね」
「自分のための時間って大切ですね」
と話される方が多いのです。
その言葉を聞くたびに、台所の小さな時間が誰かの支えになっているのだと、改めて胸が熱くなります。
ある生徒さんは、こんな言葉を私に伝えてくださいました。
「人は必ず終わりがあるから、悔いのない人生でいたいんです。家族に頼ったり頼られたりしながら、食べることを楽しんで、好きなものを美味しいと感じながら生きていたい」
その言葉を聞いたとき、深くうなずかずにはいられませんでした。
日々の暮らしの中では「後でいいか」「いつかやろう」と思ってしまうことがたくさんあります。
でも、その「後で」が来ないまま終わってしまうことも、人生には確かにあるのです。
お盆の時期に書いたブログでも触れましたが、「生と死の循環」は私たちに大切なことを教えてくれます。
祖父母や親の代から受け継がれてきた食卓の記憶、季節ごとの行事や台所での習慣。
それらは誰かが生き、そしていなくなったからこそ、次の世代に渡ってきたものです。

命は終わりを迎えるけれど、その人が作った料理や食卓の時間は、確かに私たちの中で生き続けている。
そう思うと、台所で手を動かすことは単なる家事ではなく、「記憶の継承」であり「愛情の循環」でもあるのだと感じます。
私自身、何度も「今しかできない」という瞬間に向き合ってきました。
「行きたい」と思っていた場所に行かないまま時間が過ぎてしまったこと。
「やりたい」と思っていたことを後回しにして、結局できなかったこと。
思い返せば、小さな後悔はいくつも心に残っています。

だからこそ、今できることを大切にしようと思います。
大きな挑戦でなくてもいい。
家族のためにご飯を作ること、旬の野菜を畑で育てて台所に運ぶこと、レッスンで一緒に食卓を囲むこと。
そうした日々の小さな営みこそが、人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。
そして、目の前の誰かと「美味しいね」と笑い合えること。
その一瞬が、きっと未来の自分にとってかけがえのない記憶になるのだと思います。

料理教室に通ってくださる方々を見ていると、誰もが「生き方そのもの」を持ち寄ってくださっているように感じます。
ある人は、家族に食べさせたいという思いを抱えて。
ある人は、自分自身を労わりたいという気持ちを胸に。
またある人は、人生の節目を迎え、新しい暮らしを整えるために。
台所に立つ理由は人それぞれですが、そこに流れる共通の思いは「今を大切にしたい」ということ。
だから私は、この場を大切に守り続けたいと思っています。
「いつか」ではなく、「今」。
その積み重ねが、悔いのない人生を形づくるのだと信じています。
今日の一食をどう過ごすか、誰と食べるか、どんな気持ちで料理をするか。
それはとても小さなことですが、人生の終わりを迎えるときに振り返れば、必ず宝物のような時間になっているはずです。
ある本にこんなことが書いていありました。
過去は、現在の自分を肯定するために都合の良いように編纂されたものである。
犬に噛まれた。
その後に、通りかかった人に助けられた。
どちらも同じ過去なのですが、前者は「外の世界は恐ろしい」という過去を持ち、後者は「外の世界は優しい」という過去を持つ。
つまりは、自分がどの過去を選ぶかによって、世の中の見方は変わっていくのだというのです。
「今」自分がどう生きたいのか。
それ次第で、自分の過去は輝くものに変わっていくのかも知れませんね。
レッスンで皆さんと過ごすひとときは、私にとっても大切な「今」です。
だからこそ、これからも精一杯、心を込めて料理と向き合い、生徒さんと時間を分かち合っていきたいと思っています。
台所に立つ時間は、料理を学ぶだけではなく、暮らしを整える「小さな儀式」でもあります。
あなたも一緒に、今できることを台所から始めてみませんか?
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