香りに導かれ、山から海へ
台所で新しい食材と向き合う時間は、少しだけ緊張します。
それは、まだ知らない味との出会いであり、自分自身への問いかけでもあります。
今日は、韓国の海藻「カムテ」との出会いから生まれた、ひとつの試作の記録を綴ります。
カムテという名の、静かな海藻
その海藻を初めて手に取ったとき、なぜか直感で「豆乳に合うかもしれない」と思いました。

韓国では감태(カムテ)と呼ばれる、深い緑色の海藻です。
日本では「カジメ」や「甘苔」とも呼ばれるようで、焼き海苔に似ているけど、もっと繊細で、ふわりと軽やか。
乾いた状態ではほんのりと磯の香りが漂い、水に戻すと、その香りは一気に膨らんで、まるでこちらに語りかけてくるような力を持っています。
その日は、豆乳スープにそうめんを合わせ、「コングクス風」に仕立ててみました。
白いスープにカムテを少しずつ溶かしていくと、静かな海のような色に変わっていきます。

見た目はとても美しい仕上がりでした。
けれど、ひとくち味見をした瞬間、思わず「うーん」と唸ってしまいました。
香りはとても良いのですが、どうしても苦味が立ってしまうのです。
スープのやさしさを突き破るようなその苦味は、口の中にざらっとした異物感を残しました。
「問い」から始まる、台所の時間
それでも、「だめだった」と簡単に片付けることはできませんでした。
むしろ、「どうしたらこの苦味を活かせるのだろう」と考えることで、台所の時間がようやく始まったような気がしたのです。
料理を教えるようになってから、「答えを持っていること」が求められる場面が増えました。
「これは何分煮ればいいですか?」
「何に合いますか?」
「代用できる調味料は?」——
そうした問いに、できるだけ丁寧に、正確にお応えするように心がけています。
けれど、心のどこかで思うのです。
本当に大切なのは、「問いを持ち続けること」なのではないか、と。
素材と向き合うとき、いつも小さな違和感がヒントになります。
「この苦味は、失敗なのか?」
「それとも、これこそがカムテなのか?」
そんな問いを自分の中に育てていくことが、私の料理の核であり続けています。
答えのないレシピと、余白のある料理
カムテの苦味を無理に消そうとすると、たいてい失敗します。
豆乳のまろやかさで包もうとすれば、逆に香りが強く立ってしまうこともあります。
ならば、苦味を苦味のまま立たせて、どうバランスを取るか。
そう考えながら、いくつかの組み合わせを試してみたくなりました。
しらすの塩気を添えてみる。
香りを重ねてみる。
あるいは牛肉と合わせてみる…。
答えは、まだ出ていません。
けれど、そこにこそ私の料理の「芯」があるように感じます。
素材を料理として完成させるまでのこの「間(ま)」を、私はとても愛しています。
料理にも、人生にも、余白があっていい
以前、教室に通ってくださっている常連の生徒さんが、こんなことを言ってくださいました。
「ひかり先生の料理、最近韓国料理っぽくなくなってきましたよね」
その言葉が、ずっと心に残っています。
今までは韓国料理を作ろうと頑張ってきた私でしたが(もちろん今でもそうですが)、最近では自分の料理を作ってみようと思うようになりました。
きっと私の体の中には、韓国料理の基本が詰まっていて、私が自由に作る料理の中には、ちゃんと韓国料理があるのでは?と。

完璧で整ったものよりも、少し未完成で、少し余白のあるもの。
そこには、食べる人自身の記憶や想像が入りこむ余地がある。
それは、料理だけでなく、生き方そのものにも似ている気がするのです。
料理教室を始めたばかりの頃は、「ちゃんと教えなければ」と思っていました。
レシピ通りに作れて、失敗せずに仕上げられるように導くことが大切だと。
でも今は少し違います。
私は、生徒さんに「正解」を渡すのではなく、
「まだ知らない味に出会う楽しさ」や、「素材と対話する力」を届けたいと思っています。
その力があれば、どんな素材に出会っても、自分自身で料理を育てていけるからです。
魚を渡すよりも、魚の釣り方を教える方が、後で困らない。
そこには食べる楽しみのほかに、釣る楽しみ、作る楽しみも加わります。
料理教室もそんな場所になればと、いつも思っています。
苦味の奥に、まだ知らない味がある

今回のカムテの試作も、まだ途中です。
苦味はまだ強く、試作は続いています。
けれど、それでいいのだと思っています。
料理はきっと、完成させるためだけのものではありません。
素材と向き合いながら、自分自身とも向き合っていくものだからです。
そしてまた今日も、台所に立ちます。
香りの奥に、まだ知らない味があることを信じて。
次回のレッスンでは、こんな「問い」から生まれた料理も登場するかもしれません。
副菜については、私もまだ何を作るかわかりません。
教えてくれるのは、春の食材たち。
その「答え合わせ」を一緒にしませんか?
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