現在息子は春休み中。
息子が2年生の最後の登校日だったお話です。
帰ってきて、「通知表」だよとそっとだしてくれる。
「ありがとう。楽しみにしていました」と話す私。
国語・算数・生活・音楽・図画工作・体育などなど。
ずらりと並んだ「たいへんよい」の丸。
けれど、ふと一箇所で目が止まるわたしでありました。
「体育」だけが、「よい」になっている。
地域の少年団で、あんなに一生懸命バスケをしているのに……。

がびーん。
上から全部が「大変良い」だったからこそ、その一つだけの「よい」をネガティブに捉えてしまった私。
一方、夫は1年生の時よりも「たいへんよい」の数そのものが増えたことに目を向け、
「今日はパーティだ!」と買い物にでかける。
帰ってきた夫の手には、たくさんのお菓子とケーキの箱まで。
普段、なんでもポジティブに考えたり前向きに進んで動いている私ですが、 こうして「足りないもの」に反応してしまうネガティブの根っこが、自分の中に多く存在していることに気づかされた瞬間でした。
パーティだ、パーティだと連発しながら喜ぶ息子と夫をみながら、 ちょっと前に夫の言葉を思い出す。
「人はどこでいつ、開花するのか、本当にわからないんだよね」
親としては、評価のものさしを一旦置いて、ただ見守って待つ。
そして、目の前の成長を共に喜ぶこと。
これが私たちの考える「やさしさ」の形。

「教える」ことよりも、「あなたと一緒だよ」という気持ちで隣にいる。
そこには、こうして一喜一憂してしまう不器用な私も含まれているんだと思います。
不器用な私たちが、不器用なままに、ただ一緒にいる。
このことを根底から納得し理解した時に、息子が開花するときかな〜と思えた日でした。
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