「休まない先生」と呼ばれて─夫だけが知っている、料理教室の舞台裏

─夫である僕から見た、料理教室の舞台裏

彼女は、仕事を休まない。

熱があっても、腰が痛くても、目の下にクマができていても、僕が「今日はやめて寝てなよ」と言っても、「大丈夫」と言って立ち上がる。
「体壊すって」と返すと、ちょっとだけムッとした顔をして台所に向かう。もう何百回繰り返したかわからない、このやりとり。

そんな彼女の仕事は、料理教室の先生だ。

生徒さんたちには「ひかり先生って、キラキラしてますよね〜!」なんてよく言われているらしい。
でも僕は知っている。いや、一番よく知っている

そのキラキラ、実は仕込み前の泥だらけの長靴から始まっていることを。


目次

眉間にしわが寄るタイミング

僕は、彼女が料理している姿をカメラ越しに見ることが多い。
というのも、我が家の料理教室は、僕が撮影や記録係をしているからだ。

ファインダーを覗くと、いつも彼女の眉間にはうっすらとしわが寄っている。
たぶん無意識なのだろうけど、昆布の厚みとか、塩のグラム数とか、盛り付けの角度とか、そんな細かいことをずっと考えているのがわかる。

「ちょっと怖い顔してるよ」って言うと、「え?そう?怒ってないよ?」と返ってくる。
知ってる。怒ってないんだ。ただ、すごく真剣なだけなんだ。

最近は、自分でも意識をしているのか、カメラの前で料理をするときには顔の体操をしてから始める。
そんな姿に僕は、なんだか笑ってしまう。


測って、試して、また測る日々

朝は4時に起きて、読書をしたり、韓国の古いレシピ本を読みあさり、ひたすらメモをとる。
包丁を握れば、切れ味が少しでも鈍っているとすぐに研ぎ始める。
「そんなに毎日研がなくても…」と言っても、「気持ち悪いじゃん」と、彼女。

計量カップ、キッチンスケール、メモ帳、味見用のスプーン。
まるで理科の実験のような精密さで、今日も黙々とレシピを作り直している。

気づけばもう夕方。「今日くらい、外食しようよ」と誘っても、「うーん…家で簡単に食べるよ」と言って、また台所へ戻る。

料理が好き、っていうよりも、“料理から逃げられない”って感じなのかもしれない。
いや、本人は「好きだからやってる」と言うんだけど、それはたぶん本音で、たぶん少し強がりも混じってる気がする。


レッスン前日の「戦場」

彼女の料理教室は、単にレシピを教える場所じゃない。
季節の草花を飾ったり、器を選んだり、お茶の淹れ方を変えたり。
僕からすると「もう十分すごいよ?」と思うけれど、彼女にとっては「まだまだ」なのだ。

レッスン前日は、もはや小さな戦場である。

買い出しから戻ると、すぐに副菜の仕込みに入り、鍋やフライパンが次々に稼働する。
その間、彼女は一度も座らない
気づけば「あれ?もう夜じゃん」って時間になっていて、彼女が作った試作の数々が食卓に並ぶ。

あまり食べない彼女に、「食べないの?」と聞くと、「ずっと試食してたから」と必ずと言っていいほど答えるので、それらの試作はほぼ、僕の胃の中に収まる。

味見と食事は、別物なんだけどな。


そして「ひかり先生」が生まれる

レッスン当日、朝4時。
僕が目をこすりながら起きると、彼女はすでに長靴を履いて軽トラックを走らせ、“料理教室の先生”という肩書きが嘘になるような格好で草花を摘みに行っていた。
何に使うのか聞くと、「テーブルにちょっと飾りたいだけ」と言う。
たった“ちょっと”のために早朝に草を摘みに行くのか、と思いつつも、そういう細部へのこだわりが、きっと“あの空気”を作っているんだろう。

掃除を終え、料理の仕込みも終え、最後に鏡の前でメイクをして、エプロンを整えた彼女は…まるで別人だ。
眉間のしわは消え、口角はふわっと上がり、「ひかり先生」が誕生する。

それを見てると、ちょっと怖くなる。
「この人、二重人格なんじゃないか」って思うくらいの変貌ぶり。

でも、その姿を見て、僕はいつも感動する。


「本当にやりたいことって、なに?」

たまに「本当にやりたいことって、なに?」と彼女に聞いてみる。

彼女は少し考えて、「やっぱり料理教室が一番楽しいから、料理教室だね」と言う。

楽な仕事ではない。
むしろ、好きなことを仕事にするって、しんどいことの連続だ。

でもそれでも、彼女は「好きだから続けたい」と言う。
そして今日も、眉間にしわを寄せて、包丁を握っている。


最後にちょっとだけ宣伝を。

そんな彼女が、今年の夏もまた、新しいレッスンを始める。

冷麺、オイキムチ、チヂミ。
“韓国の夏”を感じられる、彼女の得意な家庭料理たちだ。
これは僕の主観だけど、たぶん今の彼女が一番、力を入れているレッスンだと思う。

もし、「あの人の料理ってどんな感じなんだろう?」と少しでも思った人がいたら、ぜひ見にきてほしい。
彼女が、どれだけ“好きなこと”に正面から向き合っているのか、きっと伝わると思う。


それでも、彼女は今日も休まない。

「ちょっとは休みなよ」と言うと、「明日ちょっとだけ昼寝する」と言う。
でも、昼寝してるところは見たことがない。

むしろ、料理教室以外に料理を作るようなイベントを、急に決めてきたりして、今よりも忙しい日々を送ろうとしている。

彼女は仕事を休まない。
いや、休まないのではない。
休めないほど、この仕事が好きなのだ。

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この記事を書いた人

高松利行のアバター 高松利行 取締役COO

新潟県新潟市で生まれ、大学卒業後は農協で働く。
そこで出会った農家に憧れて、自身が農家になるため農協を退職。
沖縄の伊江島で住み込みで農業を経験し、新潟に帰り、妻ひかりと新規就農。
農業をしながら、ワクタクのCOOとしてひかりを陰で支える。

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