
種を蒔くところからはじまった、
手づくりの物語
韓国に行くと、毎回食卓に「謎の葉っぱのキムチ」がありました。
見た目は地味なのに、ひと口食べると驚くほど深い旨みと香り。
何度も何度も食べるうちに、このキムチの正体が気になって仕方がなくなりました。
調べてみると、それは「갓김치(カッキムチ)」と呼ばれる、からし菜のキムチ。
韓国ではとてもポピュラーで、地域ごとに味も違えば、漬け方も少しずつ異なるそうです。
正体は、日本の「高菜」だった
韓国で出会ったそのキムチの味を、日本でも再現できないか。
そう思ってたどりついたのが、日本で育つ「高菜」でした。
からし菜の仲間であり、ピリッとした辛さと爽やかな香りを持つ葉。
これだ、と確信して、数年前から種をまくようになりました。
でも、なかなかうまく育たず、白菜や大根に気を取られて、どうしても高菜は後回しに。
それでも今年、ようやく高菜が絶好調だったのです。
大ぶりで、葉も厚く、香りも力強い。
ようやく「漬けたい」と思える高菜に出会えました。
動物性なしのヤンニョムは、
夫婦の共同作品
この秋、10月10日に行われる「精進料理をたのしむ」のイベントで、この高菜キムチをお出しすることになりました。
だから今回は、動物性の調味料を一切使わないことが絶対条件。
にんにくや生姜も控えめにして、精進料理として成立するレシピを考えなくてはならない。
そのレシピを夫婦ふたりで作る。
韓国で漬け方を学んできた記憶を頼りに、何度も何度も味を重ねていきました。

ヤンニョム作りは、
記憶と舌の記録だった
ヤンニョム―キムチの味の核となる“薬味だれ”の配合は、やってみると想像以上に繊細でした。
高菜の辛さを活かすため、砂糖は使わず、梨の甘みを活かす。
韓国から持ち帰った特別製法のカンジャン(醤油)に、日本の薄口醤油を合わせて、輪郭をはっきりと整える。
初めての挑戦なのに、どこか懐かしく、気がつけば夫婦ふたりで、ひと口ごとに「あーでもない、こーでもない」。
ああ、そうだ。
キムチを作り始めたあの頃も、こうだったなと思い出しました。

はじめて漬けたあの日を、
今でも覚えている
塩加減もわからず、辛さの感覚もつかめず、
「最後には舌が麻痺して、とんでもなく辛いキムチができたよね」
と笑いながら振り返るあの頃。
あれから6年。
毎年キムチを漬け続ける中で、今では素材に合わせてヤンニョムを調整できるくらいになった。
不思議なものです。
続けてきたことでしか得られない感覚というのが、たしかにある。

このキムチが熟成したとき、
どんな味になるのか
まだ漬けたばかりなので、このキムチがどんなふうに発酵していくのかは、私たちにもわかりません。
でも、間違いなく言えるのは、とても良い気持ちで仕込むことができたということ。
味見を重ねて「これでいこう」と決めたその瞬間の空気。
あの空気ごと、このキムチに閉じ込めることができた気がしています。
種を蒔き、育て、漬けるということ
キムチというと、すぐに漬けてすぐに食べるもの、というイメージがあるかもしれません。
けれどこのキムチは、種を蒔くところから始まっている。
育てて、
収穫して、
味を考えて、
ようやく漬ける。
時間をかけて関わったからこそ、
そこに込められた「気持ち」も強くなるのかもしれません。
この高菜キムチが、イベントの食卓でどんな顔を見せてくれるのか。
今はただ、その日が来るのを楽しみにしています。




